いよいよ4月2日から研修医生活が始まりました。
国家試験の合格発表日に書いた日記へは沢山の方々からお祝いのコメントをいただき、本当にありがとうございました。
この場をお借りして皆様に御礼申し上げます。
この日記は長らく「’06医師国試受験予定者の日記」という表題で書き続け、その’06医師国試を受験後も相変わらず同じ表題のままでしたが、そろそろ新しいものに変えなければいけませんね。
そこで、これから暫くは「研修医 panda の日記」という表題で書いていこうと思います。
研修医としての仕事始めが4月2日なのに、その前日の4月1日まで塾講師のアルバイトを続けていた私には我ながら感心しています。
かれこれ4年半ほど勤めた塾では、なんと私の退職を惜しんで色紙を用意してくださった同僚講師がいました。
ここで「色紙を用意する」と書くと、普通は後輩から卒業生へ送る寄せ書きのようなものを想像されるかと思いますが、全く逆でした。
彼が無地の色紙を持参して、「私はpanda先生のことを大変尊敬していました。正直な話、panda先生がいるからこそ私も今までこの塾で働いてきました。最後に、この色紙に何かお言葉を頂戴してもよろしいでしょうか?」と言われてしまいました。
もちろん、こんな経験は私にとって初めてのことなので非常に戸惑ってしまいました。
まずは自分が誰かから尊敬されるような人間とは程遠い存在である旨を伝えつつ、しかし彼が普段から私を慕ってくれていたことは自覚していましたので(よく授業中に私の物真似をしていました)、偉そうな言葉が相応しくない私は、簡潔に座右の銘である「感謝」という言葉を書いて差し上げました。
私の生活費と学費を支えてくれた塾講師生活はこのような気恥ずかしい体験で幕を閉じ、翌日からは以後何十年にも渡るであろう医師生活の第一歩を踏み出しました。
まだ今週はオリエンテーションで、しかも出身大学の附属病院なので学生実習の延長のような気分が抜けきれませんが、いよいよ来週からは病棟に配属されます。
いくら肩書が研修医でも国家資格上は医師です。
今は知識も技術もありませんが、「研修医だから・・・」という後ろ向きな言い訳で逃げるのではなく、医師であることの社会的・倫理的責任を重く受け止めながら、眼前に広がる無限の尊い教材を余すところなく貪欲に吸収していきたいと思います。
国家試験の合格発表日に書いた日記へは沢山の方々からお祝いのコメントをいただき、本当にありがとうございました。
この場をお借りして皆様に御礼申し上げます。
この日記は長らく「’06医師国試受験予定者の日記」という表題で書き続け、その’06医師国試を受験後も相変わらず同じ表題のままでしたが、そろそろ新しいものに変えなければいけませんね。
そこで、これから暫くは「研修医 panda の日記」という表題で書いていこうと思います。
研修医としての仕事始めが4月2日なのに、その前日の4月1日まで塾講師のアルバイトを続けていた私には我ながら感心しています。
かれこれ4年半ほど勤めた塾では、なんと私の退職を惜しんで色紙を用意してくださった同僚講師がいました。
ここで「色紙を用意する」と書くと、普通は後輩から卒業生へ送る寄せ書きのようなものを想像されるかと思いますが、全く逆でした。
彼が無地の色紙を持参して、「私はpanda先生のことを大変尊敬していました。正直な話、panda先生がいるからこそ私も今までこの塾で働いてきました。最後に、この色紙に何かお言葉を頂戴してもよろしいでしょうか?」と言われてしまいました。
もちろん、こんな経験は私にとって初めてのことなので非常に戸惑ってしまいました。
まずは自分が誰かから尊敬されるような人間とは程遠い存在である旨を伝えつつ、しかし彼が普段から私を慕ってくれていたことは自覚していましたので(よく授業中に私の物真似をしていました)、偉そうな言葉が相応しくない私は、簡潔に座右の銘である「感謝」という言葉を書いて差し上げました。
私の生活費と学費を支えてくれた塾講師生活はこのような気恥ずかしい体験で幕を閉じ、翌日からは以後何十年にも渡るであろう医師生活の第一歩を踏み出しました。
まだ今週はオリエンテーションで、しかも出身大学の附属病院なので学生実習の延長のような気分が抜けきれませんが、いよいよ来週からは病棟に配属されます。
いくら肩書が研修医でも国家資格上は医師です。
今は知識も技術もありませんが、「研修医だから・・・」という後ろ向きな言い訳で逃げるのではなく、医師であることの社会的・倫理的責任を重く受け止めながら、眼前に広がる無限の尊い教材を余すところなく貪欲に吸収していきたいと思います。
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ますますのご活躍をお祈りしております!